masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

ラジオ文芸館 山本周五郎作:梅咲きぬ

元旦は穏やかにあけました。
お正月のテレビ番組はつまらないですね。
夜になって、やっとNHKでまともな番組がありました。
先月28日にラジオ文芸館は山本周五郎作「梅咲きぬ」の朗読がありました。
最初は姑のかな女は厳しい人かなと思いましたけど・・・・
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2012年11月10日放送のアンコール。
武家に嫁いだ加代は、身体が弱く子をなすこともできず、日々稽古事に精進していた。
歌の道に入り込み、そろそろ師匠から免許が与えられるという大切な段になった折、姑のかな女から「そろそろ歌をお辞めになり、他の道に進みなさい」と
口を出される。
かな女が「そろそろ〜」と口をはさむのは今回だけのことではなかった。
今度こそはと思っていた加代は・・・。

語り:武内 陶子
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加代が嫁いだのは、加賀守綱紀(つなのり)の家臣、二千石の重職多賀直輝(なおてる)のところです。
家来が多く家政の切り盛りは大変です。
加賀はお茶・歌・琴なのが盛んな国でした。
そんな中、茶道・つづみなどのお稽古を極めて、あと一歩と言うところで、姑に次は歌の道を進められる。
そして、夜も惜しみ歌の道を究めようとしていた。
だが、無理をしたため朝方調子が悪く、姑にたしなめられる。
あと少しで師匠から免許が与えられる所まできて、歌の道を辞めて、身体が弱いので「なぎなた」の道に進みなさいと言われる。
その夜、夫・直輝は加代が沈み込んでいたのを、昨夜の夜なべのせいだと思い、早く休むように促す。
数日経っても、加代は沈み込んでいたのを、直輝は気になり、加代の寝所に赴いた所、加代はかこうを破っていた。
直輝は驚き加代に理由を尋ねたら、やっと姑に歌の道を止めるように言われたことを話す。
次の日、直輝は母の隠居所に赴いたところ、母は加代のために肩布団を作っていたのを見て、母は加代を愛してるあかしを見て、加代に歌を続けさせたいと申し上げる。
母はそれもよいでしょうと答える。
次の朝、加代は姑に隠居所の梅を見に来るように言われる。
それは口実で、姑は加代にお稽古を次から次へと変える理由を話す。
姑は嫁いできた時は、何も教養がなかったので、鼓・茶の湯・笛・歌・連歌などのお稽古をしたこと。
しかも、かなりいい所までいって、引き止められても止めたこと。
それは武家の家政の切り盛り・主に対するお世話がおろそかにならないため、二つ追えば一つも得られないと諭す。
そして、姑から加代に肩枕を送られる。
加代は姑の愛情に気づく。
『しずかに微笑しながら云うかな女の、老をたたんだ顔には些(いささ)かの翳(かげ)もなかった。 
武家の妻としての、生き方のきびしさ、そのきびしい生き方のなかで、さらに峻烈に身を持してきたかな女のこしかた
こそ、人の眼にも触れず耳にも伝わらぬだけ、霜雪をしのいで咲く深山の梅のかぐわしさが思われる。』
                 『梅咲きぬ』文中より