masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

小さな旅の再放送

今日はお天気が悪く、雨がしとしと降ってました。
高校野球が雨で順延になったため、小さな旅の再放送がありました。
私は野球は全く興味がありませんので、やれやれと思いました。
{忘れ得ぬ山河忘れ得ぬ山河」 2014年1月3日(金) 4:00〜 5:00
この番組では毎年視聴者から旅の思い出を綴った手紙を募集し、
今年は全国から500通近い手紙やメールが届いた。
今回はその中からいくつかの旅路を辿る。
私が一番感動したのは、山陰を旅するバスツアーに参加した男性から
の手紙。
その日は猛吹雪となり、鳥取に向かう国道9号線で大渋滞に巻き込まれ、
飲まず食わずで大晦日を迎えた。
翌元日、長時間動けないでいるバスを見た地元の人が公民館を開けてくれ、
更に味噌汁を振る舞ってくれたという。
手紙の送り主の男性はこの温かい心遣いに感動したという。
渋滞に巻き込まれた人をもてなした大山町岡では、大山のふもとで38世帯
が野菜を栽培して生活している。
当時、公民館で炊き出しに当たった谷野春枝さんは部屋の窓から渋滞の様子
を見ていて、いち早く行動に移した。
あの日の出来事は町の子供たちの心にも刻まれており、大山町立中山小学校
を今年春に卒業した生徒たちはこの時の様子を版画作品として残していた。
その次は母親と旅した福井雅子さんからの手紙を紹介。
33年前、福井さんは夫を事故で亡くしてから母・ヨシエさんと助け合い
ながら生活していた。
ヨシエさんは介添えなしでは歩くことも出来なかったため、福井さんは
旅の写真を見せていたという。
しかし、実際の旅の空気を味わってもらいたいと、去年の秋に1日だけ
奈良の談山神社にドライブすることに。
秋には境内3000本の楓などが見事に色づいていたという。
その次は、原発事故で避難していた母と一緒に榛名湖を旅行した女性
からの手紙を紹介。
高齢の母親と旅をするのはこの機会を逃したらないと思った女性は、
一緒に群馬県・榛名湖を旅することを決意したという。
母は戦時中に福島県楢葉町の近くに疎開して以来住み続けていたが、
原発事故によって今も暮らすことが出来ないままとなっている。
榛名湖をボートで巡っていると、岸に着く直前に「湖畔の宿」が船内で流れ、
2人で聞き入っていたという。
現在、母親の坂本豊子さんは福島・いわき市で暮らしており、榛名湖の旅を
振り返って「本当に感謝しています」などと語った。