masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

「6・26水害」から61年 

県内で563人以上の死者・行方不明者を出した「6・26水害」から
61年目の26日、熊本市中央区大江の白川・子飼橋際の水害地蔵前で
慰霊祭があった。
同水害は1953(昭和28)年に発生。
記録的な豪雨で白川や菊池川が氾濫し、子飼橋一帯では堤防が決壊し、
多くの死者を出した。
私は2歳で全く覚えてません。
母におんぶされ、5歳年上の兄は父に肩車され、10歳年上の兄は、父に
引かれて自分で歩いて、親戚の家に避難したとのこと。
避難があと少し遅かったら、どうなってたかわからなかったそうです。
家が流されるだろうと覚悟したそうです。
家は流されませんでしたが、一階の壁はほとんど流されたとのこと。

阿蘇山英彦山を中心に総降水量が1,000ミリを超える記録的な豪雨により、九州最大の河川である筑後川を始め白川など九州北部を流れる河川がほぼ全て氾濫、流域に戦後最悪となる水害をひき起こし死者・行方不明者1,001名、浸水家屋45万棟、被災者数約100万人という大災害となった。

この集中豪雨は特に福岡県・佐賀県熊本県大分県において被害が甚大で、死者759名・行方不明者242名などの人的被害のほか、全半壊家屋3万5000棟以上、床上・床下浸水は実に45万棟以上に及ぶ過去最悪の被害であった。

最も被害が大きかったのは熊本県である。
降り始めからの雨量は鹿本郡山鹿町(山鹿市)で、この豪雨では最大の1,455.3ミリを記録したほか、阿蘇郡小国町宮原で1,002.6ミリ阿蘇郡黒川村(阿蘇市)で888.4ミリを記録するなど、過去最悪の豪雨災害となった。
この豪雨で熊本市玉名市菊池郡阿蘇郡など県北部を中心に甚大な被害が発生している。
県内の被害の特徴としては、阿蘇山の火山灰を原因とする土砂災害や、家屋被害において床下浸水を上回る床上浸水の多さが挙げられる。

熊本市では京町や健軍といった高台を除く全市の70パーセントが浸水し、
熊本市中心部では平均で水深が2.5 - 3.0メートルに達した。
また白川の橋梁は17箇所市内に架けられていたが、国道3号長六橋と大甲橋を除いて残らず流失し上流・中流部でも七障子橋・代宮橋・赤瀬橋以外はことごとく流失した。