masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

ラジオ文芸館 「ムシヤシナイ」

今日のNHKラジオ文芸館は「ムシヤシナイ」でした。
私は全然「ムシヤシナイ」と言う言葉を知りませんでした。
意味は、一時的に空腹を紛らすこと。また,その食べ物。他の欲望にもいう。虫押さえ。
軽く小腹を満たすこと、一時的に空腹をしのぐこと、またその食事。
腹の虫を養う程度の食事。むしやしないにたこ焼きでも食べよか。西日本で使う。
祖父と孫の心温まる物語で、孫の弘晃は祖父の心の広さに救われます。
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「ムシヤシナイ」 作:高田 郁
中3の弘晃は、大阪の祖父・路男のところに家出した。
祖父と会うのは5年ぶりのことだった。父親からは「努力が足りない」と責め立てられる毎日だったのだ。
祖父は理由も聞かずに受け入れてくれた。
定年退職後、今は駅蕎麦の店長をまかされている祖父は、ただ自分の日常を孫に見せ、ある夜、孫に薬味のネギを刻む包丁を持たせた。
祖父の語りかけは、孫にもう一度、人生を歩む力をよみがえらせ、その孫から祖父も力をもらうのだった。
語り:小寺 康雄
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路男は駅のホームにある蕎麦屋で店長として働いている。午前中は別の人が勤めて、午後2時から9時まで働いてる。
ある晩、蕎麦屋の入り口に若い男がいるのに、路男が気付く。ひょろりと背の高い中学か高校生の男の子。
目の脇にある二つのほくろを見て、5年も会っていない孫の弘晃と分かった。
路男は最初は毎年弘晃と会ってたけど、弘晃の父と確執を起こして疎遠になってたのである。
弘晃が家をでてきた理由を路男は聞かずに受け入れたのです。
時間で店を閉めて、路男は弘晃を連れて15分歩いて住んでるアパートに連れて帰りました。
以前は一軒家を借りていたけど、数年前に妻けいこに先立たれて今ではアパートに一人住まい。
深夜、路男が寝ていると、うなされてる弘晃の姿を見て、路男は何かを感じるものが。
5年も孫と会っていないのは理由があった。
路男の独り息子のまさおは、弘晃に勉強を強制し過ぎていたから、それを見かねてまさおに口を出した。
それで父子の断絶となり、疎遠になったのである。
二日後にその弘晃の父からやっと電話がかかってきた。
弘晃を心配するでなく、勉強しないと遅れるというものだった。
路男はその言い草に、息子にまだわからないのかと怒り、電話を荒々しく切るのであった。
弘晃は祖父の働く蕎麦屋を見て、お客がそそくさと来て食べてそそくさと帰る店を良く思わなかった。
レストランやちゃんとした料理屋より低く見るひろあきに対して路男は言う。
「すべてがすべてちゃんとしたレストランや料理屋だったら、つまらないやろ。息が抜けないんや。
家に帰ればちゃんとした食事が食べられる人も、お金があって高級料理を食べられる人も、ここにすわって、腹の虫をなだめるために食べるんや。大阪ではそないなことを虫やしないと言うんや」
弘晃には虫やしないという言葉は耳慣れないものだった。
さて、弘晃の家出の理由は、父親が勉強勉強とうるさく、3年の間、有名高で頑張ったものの自分の能力の限界を知らされたのたと言う。
父と向き合うと父への憎しみがもたげ、父を刺してしまいそうで怖い。 自分をコントロールできないのだと言った。
路男は蕎麦屋をひけた後、深夜に弘晃を店に連れてきて、明日の仕込みを手伝わせる。
途中で駅を閉める駅員と会った時、本当は構内に入れないのに、駅員は大目に見る。
路男は弘晃に薬味のネギを刻ませたのだった。
最初は手慣れなかったけど、次第に軽快に刻んでいく。
全てきり終えた後、路男は包丁を握る弘晃の手を包み込んで、穏やかに諭すように話した。
包丁は路男の方を向いたままだ。
「弘晃、もうお前は大丈夫や。包丁はな、ねぎを切るためのものなんや」
それから、弘晃は路男に送られて、昼過ぎに世田谷の自宅に帰って行った。
父にはっきりと気持ちを伝えると約束して。
路男の孫に対する深い愛情が感じられる物語でした。