masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

ラジオ文芸館 原田マハ作 無用の人

あなたは、誰かの大切な人
家族と、恋人と、そして友だちときっと、つながっている。
大好きな人と、食卓で向かい合って、おいしい食事をともにする――。
単純で、かけがえのない、ささやかなこと。それこそが本当の幸福。
何かを失くしたとき、旅とアート、その先で見つけた小さな幸せ。
「無用の人」は六つの物語のひとつです。
六篇とも働く女性が主人公だから,当てはまる人はより感情移入しながら楽しめるかもしれない。
多くのことを抱えて手一杯になっている人には,きっと暖かい応援ソングとして響くでしょう。
誰も不必要な人なんかいない。気が付かなくても、あなたは誰かと繋がってる。
そう囁いてくれるような作品。
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「無用の人」作:原田 マハ
美術館の学芸員、羽島聡美の50歳の誕生日に、父親が生前に出した小さな宅配便が送られてくる。
それは見知らぬ住所が書かれたアパートの鍵だった。
父は50代後半で仕事を辞め、聡美が独立してから母と離婚、一人暮らしをしていた。
父は一度美術館を訪ねてきたが、次に会った時には白い壺の中に納められていたのだった。
誕生日の後、訪ねたアパートの中で聡美が見つけたものは何だったのか…。   語り:阿部 陽子
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聡美は50歳の美術館の学芸員
父は聡美の誕生日の一か月前に他界した。
この4月の誕生日に、職場の学芸課に茶封筒に入ったものが宅配された。
日にち指定の、1か月前に他界した父からの着払いの物でした。
開いてみると、鍵だけだった。
差出人の筆跡は間違いなく父で、住所は西早稲田となっていて心当たりがなかった。
父は船橋市に住んでいたので、思い当たらなかった。
父と母はスーパーで働いていた同僚だった。
父は家の経済的理由から大学中退で就職した。
父が25歳で、母26歳の時、聡美が生まれた。
その父は、お客さんを呼び込む言葉もかけない、ほんとうに目立たない性格でした。
ただ生鮮食品を並べるだけの寡黙の父だった。
昇進とは縁遠い人で、むしろ万引きを見逃したということで解雇された。
リストラの良い口実でした。
そんな父を、対照的な母は疎(うと)んじるようになった。
父は遅番の母が帰るまで、夕食の準備をして食べずに待ってた。
その間、父は読書に熱中していた。
聡美はその本のタイトルを確かめた時、岡倉天心の「茶の本」だった。
父は日本人の芸術の心を西洋に伝えるその本を飽かず読んでいる人だった。
聡美は某有名私大の文学部に入り、就職したのは博多の現代アートスペースの施設だった。
それから、千葉県佐倉市にある美術館の学芸員となって18年の歳月が立った。
父と母は離婚した。
父は書店で契約社員として働てた。
父は末期がんにかかり、短い間入院し、家族に看取られることなく他界した。
聡子は母に、西早稲田という住所に心あたりがないか尋ねると、父が依然住んでた住所だということだった。


父からの最後のプレゼントの鍵を持って、西早稲田へ。
都電荒川線神田川沿いを走る。
そして、面影橋で降りた。
ネット検索して見つけたその場所は、都会とは思えない路地にあった。
古びた2階建ての木造アパートで、1階は大家さんの自宅だった。
聡美は階段を上り、部屋の前でしばらく立ちすくんで鍵を開けた。
部屋の中には何もない。
4畳半の部屋の真ん中に本が一冊。岡倉天心著「茶の本」だけあった。
中に賃貸契約書が挟まれてて、4月一杯までになってた。
窓を開けると、一面の桜が迫ってくる。
聡美はこれから毎年、誕生日にこの窓の景色を見にこようと決めた。
父は一度だけ聡美の勤める美術館に訪ねてきた。
その時、聡美は父がお金の無心に来たのかなと思った。
父は展示されてるロスコの絵を見て、聡美に幸せかと訊く。
さらに父は「だって,こんなうつくしい絵に,毎日触れてるんだから。幸せじゃないか」と。
父は美に対して造詣が深い人だなと思いました。
聡美に美しい桜を見て欲しかったのでしょう。
岡倉天心の本だったら、本を直接送ればいいのですから。