masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

双子の1人 出産後に失う 37歳母 看護師に

ひとりの赤ちゃんをなくし、辛い思いの中、34歳で看護師を目指されたとは、大変なことでしたでしょう。
わたしの知り合いで、お昼病院に務めて夜准看護学校に通ってた子がいましたけど、とにかく辛い思いで働いてました。
今回のケースは旦那さんの全面的な協力があったからでしょう。
男は仕事、女は子育てと家事と考えてる人が多い中、子供の食事まで準備されるとは。
読売新聞2015年05月15日から


おなかにいる双子の赤ちゃんが重い病気にかかり、1人を生後間もなく失った山形県米沢市の酒井文子さん(37)が今春、看護師になり新たなスタートを切った。
自分の経験を踏まえ、多くの患者や家族に寄り添いたいと、医療従事者の側に立とうと決意したという。(加納昭彦)
酒井さんは2007年5月、山形県内の病院で「赤ちゃんの様子がおかしい」と告げられ、胎児治療に取り組む医師がいる東北大病院(仙台市青葉区)を紹介された。
検査の結果、胎盤を通じて流れる血液のバランスが崩れ、1人の赤ちゃんに偏る「双胎間輸血症候群」と診断された。
このままでは2人とも死亡する恐れがあると言われ、手術を受けることにした。
病院の屋上から見た空にちなみ、おなかにいる双子の女の子を美空ちゃん、美晴ちゃんと名付けた。
手術は無事に終わったが、6月に病気が再発し、妊娠26週で急きょ帝王切開で出産。
美空ちゃんは666グラム、美晴ちゃんは458グラムで、仮死状態だった美晴ちゃんは生後11日で亡くなった。
美空ちゃんは奇跡的に助かった。
「美晴は短いながら確かにこの世に生を受けた。美晴に恥ずかしくない生き方をしたい」。
そう思った酒井さんは12年4月、一念発起して米沢市内の専門学校に34歳で入学。
猛勉強の末、今年3月に首席で卒業し、看護師の国家試験に合格した。
4月から山形県南陽市の病院で働いている。
酒井さんの決心を支えたのが、塗装業の夫・貴司さん(37)だ。
子供が風邪を引くと、仕事を休んで看病したり、夜遅くまで勉強する酒井さんの代わりに寝かしつけたりした。
今は7歳になり、学童保育を利用する美空ちゃんを迎えに行くため、仕事を早めに切り上げるようにしている。
美空ちゃんと姉(13)の夕食を用意する日もある。
「つらい経験をしたうえで看護師になろうと決め、懸命に勉強する妻を自分が支えなければならないと思った」と貴司さん。
「子供には、夫婦が協力して家庭を築く姿を見てほしい」と話す。
小学2年になった美空ちゃんは、1年の時に皆勤賞を取るなど元気に成長している。
酒井さんは「美空にもいずれ、美晴のことを詳しく説明したい」と思っている。