masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

ラジオ文芸館 小川洋子作 イービーのかなわぬ望み

小川 洋子 著「夜明けの縁をさ迷う人々」より
「イービーのかなわぬ望み」

老舗の中華料理店 福寿楼でエレベーターボーイをしているイービー。
誰も本名を知らない。誰もが「エレベーターボーイ」の 頭文字E.B(イービー)と呼ぶ。
彼の母親がある日、出産のために精をつけるために、ツバメの巣のスープを飲もうとやってきた。
そして、突然母親は店のエレベーターの中で産気づき、子どもを産んでしまった。
子どもを産んだあと、母親は消えた。
その子は、その子を取り上げた 店の洗い場で働いていたおばさんが育てた。
そのおばさんも、イービーが(たしか)9歳のときに死んでしまう。
それからもイービーは、そのエレベーターで暮らしていく。 .
狭いエレベーターのサイズに合わせて成長も止まり 9歳ほどの体格しかない彼は、狭いエレベーターの中で 来る日も来る日もお客を運び続ける。
エレベーターボーイとして完璧な仕事をこなした。
4階建てのレストランでの客の案内は、あうんの呼吸でまるで自動のエレベーターのようだった。
そこにウエートレスとして就職した私。
ある日のこと、遅番になった私は、イービーに夜食を届ける役が回って来た。
エレベーターのビロードのソファに腰かけたイービーに夜食を渡すと、
彼はソファに正座して、それを食べた。
そしてデザートのシャーベットを見事に二つに分けて、スプーンで私の口に入れてくれた。
それ以来私は遅番を願い出て、イービーに夜食を届けるようになった。
エレベーターボーイを引退したら、この世のどこかにあるはずの エレベーターのテスト塔の中で余生を過ごすのが夢のイービー。
「たった二人きりで、地上でも屋上でもない、空中をさまよう。誰にも 邪魔できない、時間の流れも届かない。 他に何もいらないと。」
やがて老朽化した福寿楼は閉店することとなり 、いままさに取り壊されようとするエレベーターの中たたずむイービー 。
「僕はエレベーター以外のところでは生きられないよ、きっと」
私はイービーを抱いて、例の実験塔目指して、ひた走る。
それは北の方角のような気がする。
髪は乱れ、チャイナドレスのスリットがさらに裂けた。でも走り続ける。
しかし、幼虫のように、私の胸の中にすっぽり収まったイービーの身体はだんだん溶けて、砂のようにこぼれる。