masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

忠犬ハチ公 (1)

NHKで「忠犬ハチ公」がありました。
私は内容は全然ほとんど知りませんでした。
ウイキぺデアより

別名・愛称 忠犬ハチ公
犬種 秋田犬(あきたいぬ)
生誕
1923年(大正12年)11月10日
日本の旗 日本 秋田県北秋田郡二井田村
(現・大館市

死没
1935年3月8日(満11歳没)
日本の旗 日本 東京府東京市渋谷区
飼い主 上野英三郎
忠犬ハチ公(ちゅうけんハチこう)は、死去した飼い主の帰りを東京・渋谷駅の前で約9年間のあいだ待ち続けたという犬である。
犬種は秋田犬(あきたいぬ)で、名前はハチ。ハチ公の愛称でも呼ばれている。
渋谷駅前にはハチの銅像が設置されており、この「忠犬ハチ公像」は渋谷のシンボルともなっている。

概要[編集]

ハチは、飼い主が死亡した後も駅前で帰りを待ち続けた「忠犬」として知られる。
東京・渋谷をはじめ、ゆかりの地には像が置かれており、渋谷駅前のハチ公銅像はいつしか待ち合わせの目印として
使われるようになり、その銅像周囲は待ち合わせ場所として「ハチ公前」などとして親しまれている。
ハチの飼い主は東京府豊多摩郡渋谷町(現:東京都渋谷区)に住んでいた大学教授・上野英三郎であった。
彼は大変な愛犬家であり、出かけるときには渋谷駅までハチを伴うことも多かった。
しかしながらハチを飼い始めた翌年にあたる1925年(大正14年)に上野は急死した。
上野英三郎の死後も渋谷駅前で亡くなった飼い主の帰りを毎日待ち続けたハチの姿は、新聞記事に掲載され、人々に感銘を与えたことから「忠犬ハチ公」と呼ばれるようになった。
さらに、1934年(昭和9年)には渋谷駅前にハチの銅像が設置されることとなり、その除幕式にはハチ自身も参列した。
同じく1934年(昭和9年)に尋常小学校2年生の修身の教科書にも、「恩ヲ忘レルナ」というハチの物語が採用された。
ハチの銅像は第二次大戦中の資材供出によって破壊されたが、戦後再建され、現在に至るまで渋谷のシンボルとして、また渋谷駅前における待ち合わせの目印となって立像している。

ハチの生涯[編集]

生誕[編集]

ハチは1923年(大正12年)11月10日、秋田県北秋田郡二井田村(現・大館市)大子内の斉藤義一宅で誕生した。
父犬の名は「オオシナイ(大子内)」、母犬の名は「ゴマ(胡麻)」であった。

上野宅での生活[編集]

東京帝国大学農学部で教授を務めていた上野は秋田犬の仔犬を飼いたいとの希望があり、ハチは世間瀬という人物によって上野のもとへ届けられることになった。
ハチの価格は30円(当時)であり、生後間もない1924年大正13年)1月14日、米俵に入れられて大館駅を出発、急行第702列車の荷物車にて20時間の移動後、東京の上野駅に到着した。

上野の居宅は、東京府豊多摩郡渋谷町大字中渋谷字大向834番地(現:渋谷区松濤一丁目付近)にあり、ハチは、「ジョン」と「エス (S)」という二頭の犬たちと共に飼われた。
このうちポインター犬のジョンは、特にハチの面倒見がよかった。
ハチは、玄関先や門の前で主人・上野を必ず見送り、時には最寄駅の渋谷駅まで送り迎えすることもあった。

上野の死後[編集]
ハチを飼い始めて1年余りが経った1925年(大正14年)5月21日、主人・上野は農学部教授会会議の後に脳溢血で倒れ、
急死してしまう。
ハチは、この後3日間は何も食べなかった。
同25日には故主・上野の通夜が行われたが、その日もハチは、ジョンとSと一緒に上野を渋谷駅まで迎えに行っていたという。
その後、ハチは上野の妻、八重の親戚の日本橋伝馬町の呉服屋へ預けられるが、人懐っこい性格から店に客が来るとすぐ飛びついてしまうため商売にならず、そのため浅草の高橋千吉(高橋子之吉[1])宅へと移された。
しかし、ハチの上野を慕う心は甚だしかったためか、散歩中渋谷に向かって逸走するなどのことがあるほどだった。
さらに、ここでもハチのことで、高橋と近所の住人との間でもめごとが起こり、ハチは再び渋谷の上野宅へ戻されてしまう。
渋谷に戻ったハチは近所の畑で走り回り、作物を駄目にしてしまうということから、今度は渋谷の隣、豊多摩郡代々幡町大字代々木字富ケ谷(現:渋谷区富ヶ谷)に住んでいた上野宅出入りの植木職人でハチを幼少時から可愛がっていた小林菊三郎のもとに預けられる。

ハチが代々木富ケ谷の小林宅に移ったのは上野が死亡してから2年余りがたった1927年(昭和2年)秋のことであったが、この頃から渋谷駅で、上野が帰宅していた時間にハチが頻繁に目撃されるようになった。
ハチは小林にもねんごろに愛育されていたのにもかかわらず、渋谷駅を訪れては道行く人々を見、食事のために小林宅に戻ってはまた渋谷駅に向かうということを繰り返していた。
ハチが渋谷駅を訪れる際には、途中の渋谷大向にある旧上野邸に必ず立ち寄って、窓から中を覗いていたという。