masami71の日記

熊本市在住の72歳の年金暮らしです

お雛祭り

きょうの熊本市は良く晴れて、お昼の気温は平年より3度高めでした。
けさの最低気温は熊本市で1.2度で、最高気温は17.4度でした。
県内の最低気温、菊池で氷点下1.1度、人吉市で氷点下1.6度で、南小国で氷点下4.1度、阿蘇乙姫で氷点下4.6度でした。
朝方は冷えて、お昼からほっとします。
ところで、きょうはひな祭りです。
むかし、実家には七段飾りのひな人形がありました。
母が嫁いで来たとき、家には父とその妹(叔母)が4人と、私から見れば祖父母の7人家族で、それは大変だったとのことです。
水道・ガスはなく、もちろん洗濯機や炊飯器もなく、休む暇がなかったとのことです。


そのうえひな人形の飾りつけも大変だったこと。
おまけに4畳半の半分が取られ、寝るのが大変だったと聞いてます。
お雛さまは私が小学生の頃か、もう全然覚えてません。
それに3回引っ越してしまい、どうなったのかわかりません。
きょうは、そのお雛様のことで、テレビやラジオで話題になってました。
人形は元々、「上巳の節句」の際に、草や藁で作った人形(ひとがた)で体を撫で、穢れを移したものを川に流すことで厄払いとされていた行事と、貴族階級の女児が行っていた紙の人形のおままごと遊びである「ひいな遊び」が合わさって生まれたものだと言われています。
ひいなには、小さくてかわいらしいものという意味の他に、大きいものを小さくするといった意味もあったから人形(ひとがた)とも意味が重なり、いつしか人形(ひとがた)は「流しひな(雛)」と呼ばれるようになっていきます。
この流し雛の風習は、今も鳥取県などで行われています。
また、江戸時代になると人形作りの技術が発達し、紙で作られていた流しひな(雛)はより精巧に豪華になっていきました。
そうすると人々は雛人形を川に流すのではなく、飾るものへと意識を変えていったのです。
また、雛人形の最上段にいる男雛(おびな)と、女雛(めびな)のことを、
お内裏様とお雛様と呼称していますが、これは誤りです。
お内裏様とは、男雛と女雛の二人を指します。
お雛様とは、仕丁、随身、五人囃子、三人官女、お内裏様、 全ての雛人形を指します。
最上段に飾る男びなと女びなの位置がいつも疑問になってますけど、おひな様が向かって右側の家と、左側の家がありますけど、「現在はひな壇に向かって左に男びな、右に女びなが標準的な飾り方です」。
そう語るのは、日本人形協会の広報委員を務める福田喜作さん(59)です。
ただし左右が逆でも間違いではないという。
日本では古来「左が尊い」とされ、かつては向かって右が男びなだった。
伝統を重んじる京都のひな飾りは昔ながらの飾り方を残しているという。
いつから男びなと女びなの位置が逆転したのか。
福田さんによると、きっかけの一つが昭和天皇即位の礼だという。
「世界各国の要人が参列する中、右を上位とする国際儀礼に従って天皇が向かって左、皇后が右に並んだことで、その後のひな飾りも倣ったといわれています」
ところで、ひな祭りの歌は『うれしい』ひな祭りとありますし、 めでたい行事で毎回耳にするので、明るい歌詞だと思われていますが、 そうではありませんというこです。
歌詞に、 「お嫁にいらした姉さまによく似た官女の白い顔」
というものがあります。
これは、 『嫁ぎ先が決まった直後に、結核にかかり、亡くなってしまった姉』 を連想させるものです。
つまり、姉への鎮魂歌(レクイエム)です。