masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

ごみ収集 神戸市や西日本各地から支援

県内は7日午後から高気圧に覆われて青空が広がり、各地で気温が上がりました。
日中の各地の最高気温は、あさぎり町で27度4分、人吉市で27度1分、菊池市で26度5分熊本市で25度7分などと、各地で25度を超える夏日となりました。
きょうは震度3の地震は1回だけで、震度1・2は15回程度と少し減りました。
けど、やはり突然ぐらっと来ると見構えますね。
さて、道路などの至る所で災害ゴミ?があふれて、非常に歩き辛かったのですけど、最近は少し減りましたね。
ただ、本当に災害ゴミなのかな、と疑わしいゴミがたくさん出てました。
特に、出してはいけないテレビや洗濯機や冷蔵庫も出てました。
まったくどさくさに紛れてはとはこのことです。
それに、燃えるゴミ以外は出さないでとのことで、ビン缶やビニール類がだいぶん溜まりました。
当初は自衛隊がゴミ回収をしてましたけど、これは人命にはあまり関係しないので、本来の仕事ではありません。
それで、今回は「阪神大震災の恩返し」にごみ収集を神戸市を始め西日本各地から支援が行われました。


被災地でごみを収集する神戸市環境局の妻鹿稔氏(右)=熊本県益城町(写真:産経新聞
熊本地震の被災地では、倒壊家屋のがれきや損傷した家財道具など、災害ごみが道路脇や空き地に積み上げられている。
交通の妨げとなり危険性もあることから、九州内外の自治体からごみ回収の応援部隊が入る。

神戸市環境局の妻鹿(めが)稔氏(44)は「阪神大震災では、全国の方々にお世話になった。
その恩返しをしたい」と語った。(九州総局 村上智博)
阪神のときと同じだ。益城の人々の暮らしを支えなければ」
妻鹿氏は4月29日、熊本県益城町に入った。道沿いには、地震で押し潰された家屋。
平成7年の阪神大震災と同じ光景が広がっていた。神戸市からの応援は現在第2陣で、収集車6台、小型ダンプカー3台、総勢33人だ。
21年前の阪神大震災の後、妻鹿氏は神戸市長田区を担当した。
木造建物が密集する同区では、地震による倒壊と、その後の火災で、甚大な被害が出た。
あのときも道路は寸断されていた。信号機も停止し、思うように先に進めなかった。
ごみ収集は神戸市だけでは手に負えず、全国から応援が駆けつけた。
苦境の中だけに、そのありがたさは忘れられなかった。
妻鹿氏ら神戸市の部隊は、23年の東日本大震災の際も被災地に出動した。
どの被災地でも、ごみの収集作業は過酷だ。
熊本の被災地では、陸上自衛隊も、本来任務ではないが収集作業に懸命だ。
益城町では午前8時に出動し、家具やテレビなどを集める。
2、3カ所行けば、2トン積めるダンプカーはいっぱいになる。
日差しが強くなれば、すぐに作業着が汗でぬれる。天気が崩れれば、雨にぬれる。
ただ、厳しい作業の中、益城の住民の優しさに触れた。
収集現場に行くたびに「ありがとう」とねぎらいの言葉を掛けられ、小学生が手を振ってくれた。
汗まみれの姿をみて、「お兄さん、のどが渇いていませんか」と、飲み水を差し出す被災者もいた。
心優しい住民が、助けに来た自分を支えてくれる。妻鹿さんは「阪神大震災の後の奮闘で、神戸は復興した。
熊本が一日も早く復旧から復興に移れるよう、とにかく頑張る。それが阪神大震災のときの恩返しだ」と語った。
妻鹿氏らは5日まで被災地で活動する。
神戸市は入れ替わりとして第3陣の支援部隊を派遣し、益城町の支援を続ける。
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7日は西日本各地から清掃業者が支援しようと集まり、ごみを回収しています。
熊本市内では、福岡や広島などから集まった約60台のごみ収集車が作業しています。
環境省からの要請を受けて、全国清掃事業者連合に加盟する民間の業者が無償で回収しています。
熊本市では、壊れた家具や屋根瓦など地震による災害ごみが大量に出ていますが、人手不足で回収が追いつかず、道路にあふれています。
西日本の各地からの応援隊による回収作業は、9日まで行われる予定です。