masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

熊本城藩主も地震恐れる

7日きょうの熊本市は、午前中は曇り空で、お昼から晴れました。
人吉で30度6分、あさぎり町で30度0分と真夏日になりました。
また、各地の最高気温は熊本市で29度4分、菊池で29度3分、南小国で26度5分となりました。
また、益城で28度4分、南阿蘇で27度8分となり、蒸し暑い日となりました。
一連の地震で、きょうは震度1か2の地震が12回発生して、まだ地震が続いてます。
「危なくて本丸に居れない…」
崩落し、行幸坂をふさいだ熊本城の南大手門の石垣=5月11日、熊本市中央区


忠利も地震を怖がった−。熊本大文学部付属永青文庫研究センターの調べで、近世細川家3代目の細川忠利(1586〜1641)が、肥後入国の翌年に発生した地震を「危ない」と感じ、熊本城の本丸から避難していたことが明らかになりました。
研究センターは「いつの時代も地震の怖さは変わらない」と話している。
江戸時代の古記録を、藩がテーマごとにまとめた「部分御旧記[ぶわけごきゅうき]」によると、寛永10(1633)年、熊本城は地震と大雨で大きな被害を受けました。
研究センターは地震や火事、落雷などについてまとめた「災変部」に着目。
同年5月11日、忠利が家臣の狩野是斎[ぜさい]にあてて、以下のような書状を残している(研究センター訳)。
熊本地震のことですが、少しずつ度々揺れていたけれども、今ほどは揺れも遠のいています。
危なくて、庭のない本丸には居れません。本丸には、二畳敷(一間四方)程の庭もなく、四方が高石垣で、そのうえ櫓、天守が結構危ないのです」「江戸に参勤して、上様(徳川家光)のお許しを得て、地震屋を備えた庭を造らなければ、本丸には居れません。
このことを、柳生宗矩[やぎゅうむねのり]殿(家光側近)へ伝えるつもりです」
ほかの忠利の書状からは「本丸には居ようもなくて花畠屋敷に入っている」「二の丸に下って住んでいる」など藩主の“避難所”が判明。
「熊本城中、家ばかりで明地(空き地)がない」ともある。
調査した研究センターの後藤典子さん(59)は「地震が起きて屋内にはいられないのは今回と同じだ」としている。
(飛松佐和子)