masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

熊本城、何度も被災 熊本市と熊本大が文献調査


熊本地震で甚大な被害を受けた熊本城が江戸時代以降、地震などの自然災害でたびたび損傷し、修理を繰り返してきたことが、熊本市の熊本城調査研究センターと、熊本大文学部付属永青文庫研究センターの文献調査で5日、分かった。
両センター職員は「並大抵でない人々の努力で、今の熊本城の姿がある」と指摘している。
熊本城調査研究センターの木下泰葉さん(26)は江戸時代から現代までの、地震や大雨、大風などで被災した建造物や石垣の損傷と、修理の履歴を整理。
特に江戸時代前半は、数年置きに地震や大雨があり、石垣や塀、櫓[やぐら]に被害が出ていることが分かった。
1625(寛永2)年の地震では火薬庫が爆発、天守閣や石垣も被災した。
細川忠利が藩主になった翌年の1633年は地震と大雨で本丸東側の石垣が約20間(36メートル)損壊。
また、1889(明治22)年の地震では石垣が29カ所(約2700平方メートル)崩れ、石垣・建築物の修繕費は、現在に換算すると約33億円に上った。
江戸時代の熊本藩は、頻繁に石垣などの修理(普請)を幕府に申請していることも判明した。
永青文庫研究センターの後藤典子さん(59)は、忠利が藩主だった寛永年間の史料を集中的に調査。
複数の老中に修理を申し出るなど、「忠利は用心深く、用意周到」と後藤さん。
「確かに少しずつメンテナンスをしなければ、熊本城は保てなかった」とみる。
今回の熊本地震では、国重要文化財13棟が被災し石垣は53カ所が崩壊するなど、日本城郭史においても類を見ない被害とされる。
木下さんは「熊本城の歴史は被災と修理の繰り返しだ」と話している。(中原功一朗、飛松佐和子)
※木下さんが調査内容を報告するシンポジウム「熊本城はいま」は19日午後1時半、熊本市中央区世安町の熊日本社で。市、熊日主催。