masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

ラジオ深夜便  海沼実さんが説明童謡 「かなりや]

1日きょうの熊本市は、曇り時々晴れでした。
甲佐町で33度1分と熊本県で一番暑かったです。
また、各地の最高気温は熊本市で31度9分、菊池で31度7分、南小国で30度4分となりました。
また、益城で31度9分、南阿蘇で30度7分となり、蒸し暑い日となりました。
それに、風がとても強くて、洗濯物が吹き飛ばされそうでした。
一連の地震で、きょうは震度3が1回で、震度1か2の地震52回発生して、まだ地震が続いてます。
ところで、1日午前1時過ぎから、ラジオ深夜便で海沼実さんが童謡「かなりや」の説明がありました。
確かによく見れば、歌詞がとても怖いですね。
「かなりや」が歌えなくなったのは周りの期待に応えようとするプレッシャが原因で、鞭でたたいたりせずに象牙の舟に銀の櫂で月夜の海に浮かべてのんびりさせてあげれば忘れた歌を思い出されるのではないか、という心の中を描いているというので子供の頃から大好きな作品ですと、海沼実さんは説明されてます。


かなりや 作詞 西條八十 作曲 成田為三 (大正8年 1919)
歌を忘れたカナリヤは うしろの山に捨てましょうか
いえいえ、それはかわいそう
歌を忘れたカナリヤは 背戸の小藪に埋けましょうか
いえいえ、それはなりませぬ
歌を忘れたカナリヤは 柳の鞭でぶちましょうか
いえいえ、それはかわいそう
歌を忘れたカナリヤは 象牙の船に銀のかい
月夜の海に浮かべれば、忘れた歌を思い出す

この童謡は何となく怖いイメージがある。歌を忘れたカナリヤは、捨てましょうか、埋めましょうか、
ぶちましょうか、と言っている。
いえいえ、それはかわいそう、という否定はついているが、およそ童謡の詩らしくない。
時代背景(大正時代)からかと思っていたが、本当は辛い話がこの裏にあった。
作詞家西條八十(やそ)の苦しみから生まれていた。
詩を作る仕事に就きたいと願いながら、日々の生活に追われ、株の取引に明け暮れる自分を責めて作った歌であった。
いえいえ、それはかわいそう、というのは妻の口癖だったとか。
西條はカナリヤに自分を映して詩を作っていた。
そんな裏話を聞くと、過激とも思える言葉も少し納得できる。
西條は大正7年(1918年)に作詞。これを成田為三が作曲、レコード化されたのは大正9年(1920年)。
タイトルは「かなりや」であった。
昭和27年(1952年)になって小学唱歌としてとりあげられ、その時「歌を忘れたカナリヤ」となった。
子供のころに何となく怖いと思ったイメージのせいか、大人になってもあまりなじめなかった。
カナリヤと自分を重ねるほど自意識過剰であったとは思えないが、心に引っかかるように残っていた歌でもある。