masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

ラジオ深夜便「塩狩峠」50年

ラジオ深夜便を聞きながら眠りに就くつもりでしたけど、最後まで聞いてしまい
深夜2時になってしまいました。
信夫の突然の死に、ふじ子の悲しみは如何ばかりかと・・・・
三浦綾子の世界を味わう」
朗読:高橋美鈴アナウンサー  ナレーション:長野亮アナウンサー
主人公の名前永野信夫は、実在の国鉄職員長野政雄をモデルにしたもの。
塩狩峠は400万部の大ベストセラーとなり、13ヶ国語に翻訳された。
来年は長野政雄が殉じてちょうど100年である。

塩狩峠

塩狩峠は手塩の国と石狩の国の境界となる海抜274mの峠である。
北海道の屋根、大雪山系から流れ出た水はこの峠を境に南に流れれば石狩川に、北に流れれば天塩川へと、それぞれ日本の5指に入る大河となって日本海に注がれる。
この塩狩峠で99年前の明治42年、予期せぬことが起きた。
汽車はいま塩狩峠の頂上に近づいていた。
深い山林の中をいく曲がりして越えるかなりけわしい峠で、列車は後端にも機関車をつけ、 あえぎあえぎ上るのである・・・

一瞬、客車がガクンと止まったような気がした。
次の瞬間客車は妙に頼りなくゆっくりとあとずさりを始めた。
客車は加速度的に速さを増した。
いままで後方に流れていた窓の景色がぐんぐん逆に流れていく。
不気味な沈黙が車内をおおった。
だがそれはほんの数秒だった。
「あっ、汽車が離れた」誰かが叫んだ。
さっと車内を恐怖が走った。
「大変だ、転覆するぞー」その声が谷底へでも落ちていくような恐怖を誘った。
「ナムマイダ、ナムマイダ・・・・」

敬虔なクリスチャンであった国鉄職員の長野政雄をモデルにした永野信夫はこの列車に乗り合わせていた。
事態の重大さを知って信夫は直ちに祈った。
どんなことがあっても乗客を救い出さなければならない。
いかにすべきか。
その時デッキにハンドブレーキのあることがひらめいた。
信夫はさっと立ち上がった。・・・・

信夫はこん身の力をふるってハンドルを回した。
だが客車の速度は落ちなかった。
みるみるカーブが信夫に迫ってくる。
暴走すれば転覆は必至だ。
次々に急勾配カーブがいくつも待っている。
たったいまのこの速度なら、自分の体でこの車両をとめることができると、信夫はとっさに判断した。
一瞬ふじ子(許婚)、菊(実母)の顔が大きく目に浮かんだ。
それをふり払うように、信夫は目をつむった。
と、次の瞬間、信夫の手はハンドブレーキから離れ、その体は線路を目がけて飛びおりていた。
客車は不気味にきしんで、信夫の上に乗り上げ、遂に完全に停止した。

永野信夫は、事故に遭遇した日の夜、許婚のふじ子に結納を入れる日だった。
ふじ子は名寄から旭川を経て、札幌に戻る信夫を待っていた。
生まれつき足が不自由ながら、健気に明るく生きてきたふじ子であったが、適齢期が過ぎても何の縁談もなく歳を経るにつれ、徐々にふさぎこみ、体は結核で冒されていた。
当時結核といえば不治の病である。
そのような状況のときに思いもよらぬ信夫から求婚された。

ふじ子の兄で、信夫の生涯の友人だった吉川は、ふじ子への同情からくるものかと思って反対したが、二人の愛が真剣なものであることを知った。
病床に臥しているふじ子の家の雪柳をみて、信夫は「雪柳って、ふじ子さんみたいだ。清らかで、明るくて」 幸せの絶頂にあったふじ子に、信夫の突然の死が知らされた。
そのときの気持はいかばかりのものであっただろう。

吉川の母親と妻は、ワッと泣き伏した。  
吉川は恐る恐るふじ子を見た。
呆然と、うつろに目を見開いているふじ子に、吉川は叫んだ。
「ふじ子!しっかりするんだ」
ふじ子はまばたきもしなかった。
すべての機能が停止したようだった。



四十九日が過ぎた5月、ふじ子は兄の吉川とともに塩狩峠を訪れた。
峠は若葉の清々しい季節だった。
両側の原始林が線路に迫るように盛り上がっている。
ふじ子は胸に真っ白な雪柳の花束を抱きかかえている。
ふじ子は、ふだん信夫が語っていた言葉を思った。
「ふじ子さん、薪は一本より二本のほうがよく燃えるでしょう。ぼくたちも信仰の火を燃やすために一緒になるんですよ」
いまふじ子は思い出す言葉のひとつひとつが、大きな重みを持って胸に迫るのをあらためて感じた。
郭公の啼く声が近くで聞こえた。
低く飛んで枝を移った。

吉川は五十メートルほど先を行くふじ子の後からゆっくりとついて行った。
(かわいそうな奴)
不具に生まれ、その上長い間闘病し、奇跡的にその病気に打ち克ち、結婚が決まった喜びも束の間、結納が入る当日に信夫を失ってしまったのだ。
(なんというむごい運命だろう)
そうは思いながらも、吉川はふじ子が自分よりずっと本当の幸せをつかんだ人間のようにも思われた。
「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし」

聖書の言葉が吉川の胸に浮かんだ。
やがて向こうに大きなカーブが見えた。
その手前に白木の柱が立っている。大方受難現場の標であろう。
ふじ子が立ち止まり、雪柳の白い束を線路の上におくのが見えた。
次の瞬間、ふじ子がガバと線路にうち伏した。
吉川の目に、ふじ子の姿と雪柳の白が、涙でうるんでひとつになった。
と、胸を突き刺すようなふじ子の泣き声が吉川の耳を打った。
塩狩峠は、雲ひとつない明るいまひるだった。

長編小説「塩狩峠」はここで終わっている。 札幌:望田武司