masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

おまけで生まれたくまモン

5/9(水) 20:55配信 産経新聞
関空夏祭りのPRに産経新聞大阪本社を訪れた「くまモン」。

当時、ひこにゃんとの差は大きかった=平成22年8月
「この8年間、世界中にファンを増やし続けた。熊本地震では多くの被災者を元気づけてくれた。見るたびに魅力を高め、立派になってくれた。涙が出るほどうれしい」
今年3月10日、熊本県知事の蒲島郁夫(71)は、感極まった様子で語った。
横には、熊本県のPRキャラクター、くまモンがいた。
熊本市内で開かれた、くまモン8歳の誕生祝いのイベントだった。
くまモンはタキシード姿。ふなっしーら県内外のゆるキャラが、お祝いに駆けつけた。
「日本のくまモンから、世界のくまモンになろうとしている。世界へ羽ばたくくまモンを、みんなで応援しよう」
呼びかける蒲島に、くまモンは抱きついた。
世界に羽ばたく人気者は、「おまけ」として誕生した。
平成22年2月11日、熊本県庁で「新幹線元年委員会」の会合が開かれた。
九州新幹線鹿児島ルートの全線開業が、翌年3月に迫っていた。
博多から熊本を経由し、鹿児島中央までの256キロ。
九州を縦貫する高速鉄道が完成すれば、人の流れは大きく変わる。
変化の波に乗って、熊本の存在を打ち出す−。
その戦略の立案に、県は民間も交えた委員会を設置した。
「人の優しさなど、熊本の良さは、驚くほどたくさんある。この良さをまず県民が再発見し、県外にPRしましょう」
熊本県天草市出身の放送作家小山薫堂(53)が県民運動「くまもとサプライズ!」を提案した。
「運動のロゴマークがこれです。それと、こんな物もできました。おまけですが…」
小山はあるキャラクターを示した。その目は、何かに驚いたように、大きく見開かれていた。
くまモンだった。


小山の友人のデザイナー、水野学(46)が手がけたものだった。
県職員は喜んだ。キャンペーンを展開するのにキャラクターがほしいと思っていた。
そこに、サプライズで提案されたからだった。
22年3月、くまモンが誕生した。名前の由来は「熊本の者(もん)」からだった。
名前はあったが、人気はまだなかった。
ひょろりとした体に、無表情な顔。
はっきり言えば、「カワイイ」と感じられる所はなかった。近づくと子供が怖がって泣き出し、逃げることもあった。
その話を聞いた蒲島は、改善を指示した。
親しみやすい、丸っこい体形となった。
「熊本のおいしい物をたくさん食べて、太った」。公式見解もできた。
メタボくまモンのデビューは、大阪だった。
九州新幹線沿線の自治体は、関西に注目していた。九州新幹線山陽新幹線(新大阪〜博多)と直通運転する。
熊本や鹿児島両県、それにJR九州は関西圏から観光客を引き込もうと狙っていた。
だが、熊本県の関係者は、期待と同じくらい危機感を抱いていた。
「関西の目は終点の鹿児島に向き、熊本は素通りされるのではないか」
熊本県大阪事務所の次長、磯田淳(58)=現県商工観光労働部長=は、おびえていた。
一つの調査があった。
18年に関西以西の住民を対象にしたネット調査で、鹿児島の認知度23%に対し、熊本は13%と大きく水をあけられていた。
「全線開業までに認知度を倍の26%にしよう」。磯田らは目標を立てた。
KANSAI戦略」で起用されたのが、くまモンだった。
22年8月28日、関西空港大阪府)で「関空夏まつり」が始まった。
くまモンにとって、関西初舞台だった。
県くまもとブランド推進課長の宮尾千加子(59)=現県教育長=は、スターとの差を痛感した。
夏まつりが始まる前、くまモンは控室に案内された。たくさんのゆるキャラと同じ、相部屋だった。
宮尾の前を、赤い兜(かぶと)をかぶった白い猫が通る。「ひこにゃん」だった。
ひこにゃんは、彦根城滋賀県彦根市)の築城400年イベントのイメージキャラクターとして、18年に誕生した。かわいい外見と、「あざとい」とさえ言える、愛らしい動きで瞬く間に人気をつかんだ。
ゆるキャラブームの火付け役であり、第一人者だ。
ひこにゃんには、専用の控室が用意されていた。
「人気タレントみたいだ。お願いして出してもらうくまモンとは大きく違う」
宮尾らは、トップが持つプロ意識も痛感した。
新人として、ひこにゃんにあいさつに行った。
「暑いですね。ひこにゃんも汗だくで、大変でしょう」。
熊本県の職員が、ひこにゃん付き添いの女性に声をかけた。
女性は「ひこにゃんは汗をかかないですよ」
「でも、この暑さですから、中の…」と言いかけた職員に、女性はぴしゃり。
ひこにゃんは、ひこにゃんですよ。お分かりいただけますね」。口調は優しいが、目は怒っていた。
会場を沸かせた後、ひこにゃんの付き添いの女性は、熊本県職員に言った。
「お分かりいただけましたか? ひこにゃんは、ひこにゃんなんです。多くの人に夢を与える仕事をしていますから、ステージの上でも、ステージを下りても、いろいろと気を使っているんです」
一連の話を聞いて宮尾は心底、感心した。同時に対抗心を燃やした。
「いつか、くまモンも、ひこにゃんのように…」
人気をつかむキーワードは「お笑い」だった。
「関西は、お笑い文化。目立ってナンボの世界です。ユニークなことをせんと目立ちません」
広告代理店「JR西日本コミュニケーションズ」(大阪市)の担当者は力説した。相手は熊本県の磯田だった。
磯田は腹をくくる。22年9月、「神出鬼没作戦」が始まった。
道頓堀など大阪の観光名所や公園に、説明なしにくまモンを出没させた。
「あの黒い熊は何だ?」
ツイッターなど、SNSで話題が広がった。
「クマだから、北海道のキャラじゃないか」。そんな書き込みもあった。
大阪人の好奇心をくすぐり、ネット上をざわつかせる作戦だった。
翌10月、蒲島は熊本県のPRキャラだと発表し、「くまもとサプライズ特命全権大使」の辞令を交付した。
このあたりからキャンペーンは、掛け合い漫才のように面白く転がっていく。
JRの車内や駅構内にポスターを掲示した。
「大阪もなかなかええ城持ってますやん。(関西弁に挑戦中)」
「ウシもいいけどウマもいいよ。クマが言うのもなんだけど。」
そんなキャッチコピーが並んだ。
さらに11月、熊本県はある動画をネットで公開した。
くまモンが知事に命じられた1万枚の名刺配りに嫌気をさし、失踪した−。
蒲島が緊急記者会見を開いて、情報提供を呼びかけた。
知事が架空の記者会見をするなど、あり得ない話だ。これも、うけた。
翌23年1月、くまモン吉本新喜劇に出演した。
阿蘇の温泉旅館が舞台。
蒲島が「関西からのお客さんには特別サービスをお願いします」と頼んでも、旅館の主人は渋る。
ところが「熊本県宣伝部長」の肩書を持つタレントのスザンヌのお願いに、主人の態度は一変する。


蒲島とくまモンはずっこける…。
吉本鉄板の展開だ。
蒲島とくまモンは練習の成果を発揮し、堂に入ったこけっぷりを見せた。
そして23年3月12日、九州新幹線鹿児島ルートが全線開業した。くまモンの公式誕生日でもある。
だが、前日に東日本大震災が起きた。
予定されていた記念式典はすべて中止になった。
くまモンは大阪の街頭に立ち、募金活動をした。
その後も、県は話題作りに知恵を絞り続けた。くまモン人気は関西と熊本から、全国へと広がった。
23年11月、くまモンは「ゆるキャラグランプリ」で優勝した。
前年優勝のひこにゃんは、殿堂入りし、出場していない。とはいえ、蒲島や県職員の知恵と努力が報われた瞬間だった。(敬称略)
. 最終更新:5/9(水) 20:55 産経新聞