masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

落合恵子さんの絵本の時間 ハナミズキのみち

明後日は東日本大震災から3年目です。
今日の落合恵子さんの絵本の時間は、それに合わせての絵本です。

ハナミズキのみち / 文・淺沼ミキ子 絵・黒井健

“だいすきな町 だいすきなけしき
山の上から町を見おろすと
松原のむこうに
海がきらきら光っていたよ”

“ぼくは、どこにいるんだろう
うすももいろの花の中で
ねむっているのかな
津波がきたとき、みんながあんぜんなところへにげるめじるしに
ハナミズキのみちを作ってよ


町の人たちが津波でかなしむことがないように
ぼくは、はなみずきといっしょに
みんなを、まもっていきたいんだよ
いのちをまもる、ハナミズキのみち
うすもも色にけむる、春のけしきが目にうかぶよ”



東北大震災で息子さんを亡くした淺沼さんが、2年近く掛けて書いた絵本。
絵本作りは、苦しみや悲しみ、死を受け入れる道のりだっただろうなと感じた。
黒井健さんの描く柔らかいタッチのハナミズキが、この絵本にぴったりだ。

岩手県陸前高田市東日本大震災津波に長男を奪われた浅沼ミキ子さん
(49)が文をつづり、
ハナミズキのみち」と題した絵本ができた。
この花を復興へ歩む町の避難路に植えて、という願いを込めて。
かつて広島では焦土に咲いたキョウチクトウなどが人々を励ました。
いま東北でも花をめぐる再生の物語が始まる―。(佐田尾信作、写真も)

 浅沼さんはあの日、勤務中に市役所へ出向いていた時、地震に見舞われた。
車での移動を迷っている途中、長男の健(たける)さん(当時25歳)とすれ違う。
健さんは市臨時職員で消防団員。名勝高田松原近くのプール施設から客を誘導し、
市民会館に避難するところだった。
「ご無事で何より、と言って敬礼してくれた。それが最後です」

その避難先を津波が襲い、息子は帰らぬ人になる。「もっと高台に逃げて、
と声を掛けてやっていれば」。
浅沼さんは自分を責め、ノートに思いを殴り書きした。
やがて絵本にして伝えたい、と考えるようになった。

その年の秋、人づてに日本ペンクラブ「子どもの本」委員長の作家野上暁さん
(69)と出会い、相談する。
児童文学と核・原発問題の関わりを考えてきた野上さんも
「悲しい出来事を小さな子が理解できる絵本にするのは難しいなと、
最初思いました」と明かす。
草稿では津波にのまれる人の叫び声も入れていたが、悲惨な場面には
「あのとき……」と記すにとどめた。
被災地の子もこの本を開くだろう、これ以上傷つけてはいけない、
見て感じてくれたらいい。
浅沼さんは野上さんの持つ絵本のイメージをそう受け止めた。

こうして「大すきな町。大すきなけしき」で始まる絵物語ができる。
松原や浜遊び、通学路の橋、山車を引く七夕まつり…。
「ごんぎつね」などで知られる絵本画家黒井健さん(65)が、
丁寧な仕事で仕上げてくれた。

ハナミズキの薄紅色の大きな花が印象的だ。「ぼく」は「おかあさん」に
「みんながあんぜんなところへにげる目じるしに、
ハナミズキのみちをつくってね」と語り掛ける。

浅沼さんは「津波の教訓を口で伝え続けることには、時の流れと
いう限界があります。
絵ならきっと長く残るはず」と考える。

陸前高田ハナミズキの仲間、ベニヤマボウシの原産地。
わが町が復興した暁には、高台への避難路に沿ってハナミズキ
植えようと、呼び掛けている。健さんがどこかで見守っていると信じて。

 「ハナミズキのみち」はA4判32ページ、1365円。金の星社刊。

(2013年7月2日朝刊掲載)


ハナミズキのみち / 文・淺沼ミキ子 絵・黒井健