masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

遠藤未希さんの死

今日は朝は少し寒かったですけど、お昼から暖かくなり20度になりました。
先週NHKで放送された、あまりにも有名なドキュメンタリーですけど、
やはりブログに残したいと思いました。
未希、あなたの声が〜亡き娘と生きる 両親の3年〜[字] 
ウェブ検索3/13 (木) 22:55 〜 23:20 (25分)

3年前、巨大な津波を前に避難を呼びかけ続けて亡くなった宮城県南三陸町
の職員・遠藤未希さん。
残された両親は、深い悲しみの中で、なんとか踏み出す一歩を探そうと、
一日一日を生きてきた。
亡き娘の死とどう向き合い、生きていけばいいのか。そんなある日、
時を越えて届いた、娘の言葉。
語り継ぐことが、残された自分たちの役割ではないか…。
娘とともに生きる決意を固めた両親の3年を追う。
防災無線で避難呼び掛けた女性職員の遺体発見 左足首に夫プレゼントのミサンガ 
津波で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町で、津波到達の直前まで防災放送で
町民に高台への避難を呼び掛け続け、自らは行方不明となっていた同町職員、
遠藤未希さん(24)とみられる遺体が2日までに、同町の沖合で見つかった。
母親の美恵子さん(53)によると、遺体は4月23日、捜索隊が発見。
未希さんは夫と石巻市に住み、南三陸町役場に通っていました。
遠藤さんは、昨年危機管理課に配属。3階建ての防災対策庁舎の2階で
「6メートルの津波が来ます。避難してください」などと防災放送で何度も呼び掛けました。
庁舎に残った約30人の職員のうち助かったのは10人で、庁舎屋上の無線用鉄塔
にしがみついていた。その中に未希さんはいなかった。

街全体が津波にのみ込まれ約1万人の安否が分からなくなっている宮城県南三陸町は、町役場が跡形もなくなるなど壊滅してしまった。
南三陸町では、多くの町職員、警察官、消防職員が行方不明となってしまった。
未希さんの御両親も、「娘が見つかるまではここを離れられません」とおっしゃって
ましたが、多くの御遺体が発見不明の中で、本当に見つかってよかったと思います。
遠藤未希さんは自身を犠牲にし多くの住人を救われました。
死してその名を残されました。
あなたのお名前は、未来永劫語り継がれていきます。
あなたのお陰で助かった方の中には、小さなお子様もいらっしゃるでしょう。
その方々の子々孫々まであなたのお名前は語り継がれていくでしょう。
「私達はとても立派な方の犠牲のお陰で命が受け継がれているのだ」と…
昨年7月に結婚なされたばかりで、希望に満ちあふれた人生の過程であったでしょう。
しかし御自身の命は、多くの方の命を救うために犠牲にされました。
あなたのお名前は永遠に残り、御立派な最後は語り継がれていきます。
ご冥福をお祈り申し上げます。