masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

震災語り継ぐ小さな民宿-2

第4章 日記で始めた“対話”

当時、 毎日のように未希さんのことを考えていたという美恵子さん。
「このままではいけない」と思いついたのが日記を書くことでした。
自分の思いをことばにして、未希さんに伝えようと考えたのです。
初めて書いた日記には、胸の中に押し込めていた思いを一気につづっています。
「どうして…どうして…こんなにあっけなく、突然に、あなたと別れる事になったんだろうと。
悔しくて、悲しくて、辛くて、苦しくて。
でも未希はもっともっと悔しいでしょうね」。

平成24年10月

第5章 娘からの手紙

震災 から1年半が過ぎたころ。
美恵子さんの気持ちを変える出来事がありました。
未希さんの遺品を整理していたときに、ある手紙が見つかったのです。
「何だろう?」。
それは、未希さんが、二十歳の記念に、自分に宛てて書いた手紙でした。
手紙には「あなたも今日から20歳だよ。
いつまでも輝く笑顔を失わず素敵な女性へと成長してください」と、将来への夢が書かれていました。
最後につづられていたのは“母への感謝”でした。
「人生って楽しいことばかりじゃないけれど、苦しいことやつらいことを乗り越えてほっとした時、
いつも心に浮かぶのはこの一言です。
母さん、私を生んでくれてありがとう」。

未希さんが自分に宛てて書いた手紙

津波に消えることなく届いた手紙。
美恵子さんは、それまで重くのしかかっていた自責の念が取り除かれるような気がしました。
そして、心にこう言い聞かせたのでした。
「いちばん悔しい思いをしているのは未希自身。
生き残った私たちには未希の分までやるべきことがある」。


第6章 娘と共に歩む場所

清喜さんと美恵子さん が決めたこと。
未希さんの遺志を継いで「あの日起きたこと」を語り継いでいくことでした。
そのための場として、自宅裏の高台に、民宿を建てることにしました。
計画から1年余りを経て、民宿はことし7月に完成。
「未希の家」と名づけました。
“亡き娘と共に歩む場所、そして、いつまでも娘を感じていられる場所にしたい”という
思いからでした。
夫婦2人でもてなす、1日1組限定の小さな民宿。
客室のテラスからは、未希さんが好きだった海を眺めることができます。
そして、食事には、2人がみずから取ったワカメのほか、タコやホヤなど地元の海の幸が並びます。