masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

作家の津村節子氏 文化功労者に選ばれる

夫・吉村昭の最期、死に物狂いで書く 津村節子「紅梅」
作家の津村節子氏(88)=本名・吉村節子=が文化功労者を選ばれました。
津村節子さんの「紅梅」は自叙伝であり、夫である同じ作家の吉村昭さんの
看病が十分出来ず、後悔の念が「遍路みち」に綴られてます。

著者:津村 節子  出版社:講談社 価格:¥ 1,680
吉村昭が亡くなり、まもなく5年になる。
がん闘病の末に自ら死を選んだ姿を、作家であり妻である津村節子(83)が小説「紅梅」(文学界5月号)で初めて描いた。
尊敬する作家として、愛する夫として半世紀以上「ふたり旅」を続けてきたパートナーの死は重く、一時は筆を断つことさえも考えた。
自らの体験を掘り下げていく作家のまなざしが、苦悩を深めていた。
しかし、悲しみを乗り越えさせてくれたのも小説を書くことだった。 
「育子、/眼(め)を覚ますといない。/細いペンで書かれたその文字の錐(きり)のような先は、今も育子の胸に突き立ったままになっている」(「遍路みち」)
吉村の死後、3年ほど小説を書けないでいた。
編集者にせき立てられ、自らを託した「育子」を主人公にした「遍路みち」を書いた。

死の場面は生々しすぎて書けず、吉村の死後出かけた四国の霊場巡りを題材にしている。
「十全に看護ができた人でも悔いると思いますが、私は約束をしていた仕事があったため、その仕事をせざるを得なかったのです。
病室で目覚めてからの夜を吉村がどういう思いで過ごしたのか、と、悔いて悔いて……」
苦しい罪の意識を、私小説作家の目は冷徹なまでに分け入る。
「仕事を優先させている妻をかたわらに、夫は凍るような孤独を抱いて死んだに違いない。
(中略)会える筈(はず)のない夫に詫(わ)びを言いたいという思いが、幻聴になったり、家の近くの角に夫の姿を見たりするのだろうか」(「声」)
「遍路みち」「声」に続く「異郷」(3点とも講談社『遍路みち』所収)では、罪の意識の源である作家であることが問われる。
津村にとって私小説を書くということは「岩盤を掘削し、どこに通じるかも分からない穴の奥に入っていく」ことだという。
書き上げるまでどうなるか分からないまま、自らの体験を見つめる。

なお、吉村昭さんの作品で「梅の蕾」は、最後は目頭が熱くなりました。