masami71の日記

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熊本城 小天守と石垣、「隙間」の工夫

【熊本城のいま】小天守と石垣、「隙間」の工夫

2017/12/22 10:1012/23 11:33updated
熊本城二の丸広場から見える小天守(左)。
1階の解体が進み、内部のコンクリートや鉄骨がむき出しになっている=熊本市中央区


熊本城の天守閣は1960(昭和35)年、鉄筋コンクリートで再建された。
天守と小天守ともに、地中に約47メートルのコンクリートのくいが打ち込まれ、建物を支えている。
建物の下には元来の石垣があり、石垣に囲まれた内部は「地下空間」になっている。
再建された大天守の建物と石垣の間には、20センチほどの隙間があった。
しかし、小天守の建物は石垣上部に接し、上に乗っかった構造。
熊本市の熊本城総合事務所の城戸秀一さん(43)は「なぜ小天守は石垣に乗っていたのか、分からないんですよ」と不思議そうに語る。
熊本地震で、大天守の石垣がそれほど崩れなかったのに対し、小天守の石垣は内側と外側に一部崩壊した。
同時に石垣の上に接していた建物1階のフロアも傾き、解体が必要となった。
現在、熊本城二の丸広場から小天守(4階建て)を眺めると、既に1階フロアだけが解体されているのが分かる。
天守の復旧を請け負っている大林組は、石垣崩壊の原因を「小天守地震力が直接基礎を介して石垣に伝達した」(技術提案書)と推定している。
これを踏まえ、復旧には「跳ね出し架構」という方法をとるという。
くいに支えられている建物の骨格から、水平に延ばした鉄骨で1階フロアを支え、石垣に直接荷重をかけないようにする。大天守と同じように、石垣と建物に隙間をつくるわけだ。
ただし、地震で石垣と建造物が崩落するメカニズムについては、学識者でも意見が分かれているという。
地震に見舞われた際、櫓[やぐら]や塀の荷重が石垣にかかっている方が一緒に揺れて壊れにくいという説や、むしろ上部にある荷重が石垣を壊してしまうという見方がある。
熊本城復旧基本計画策定委員の平井聖[きよし]・東京工業大名誉教授(日本建築史)は「復元建造物と石垣との関わりについては、早急に研究を始めるべきだ。地震前と同じように復旧して、同規模の地震が起これば崩れることは分かっているのだから」と指摘している。(飛松佐和子)
(2017年12月22日付 熊本日日新聞朝刊掲載)