masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

熊本島崎の叢桂園 (そうけいえん)の紅葉

釣耕園(ちょうこうえん)の下手にあり、藩の医学校再春館(さいしゅんかん)の師役村井家の別荘跡で、見朴の子椿寿(琴山)が作庭したと伝えられています。
庭には釣耕園の水を引き曲水をつくり、その下手に中国の洞庭湖に模した池を設けました。
往事はその北に簡素な茶室があり、西側の小窓を開けば荒尾山(あらおやま)がその枠内に入って、一幅の絵となるつくりをしていました。
頼山陽(らいさんよう)などの文人が訪れたといいます。



叢桂園は江戸時代肥後の分か、医学教育に貢献した村井家歴代の別荘跡である。
村井琴山(1733年〜1815年)が工をおこし、その子蕉雪(1769年〜1814年)の代に完成した。
園の入口に「出者不逐入者不拒 山家自然妙境」と刻んだ石がある。
揚子江洞庭湖を象った池があり遣水が流れている。頼山陽子はじめ多くの文人墨客が訪れた。
村井琴山の父見朴(けんぼく 1702年〜1760年)は藩主細川重賢に藩立医学校「再春館」設立を建議し、宝暦7年開講した。
「患者を身分貧富で差別せず、治療技術のみでなく学理を学ぶ、師弟関係を尊重する」を教育方針とした。



村井琴山は京都の山脇東洋や吉益東洞の教えをうけ、古医方を唱え、医道二千年眼目編・和方一万方などの著書を残し多くの門下生を指導した。
その子椿寿(ちんじゅ)、蕉雪(しょうせつ)も偉業を嗣ぎ再春館医学監を務めた。 
椿寿のときに叢桂園の本格的に作庭され、蕉雪のときに文人頼山陽(らい さんよう)が訪れ、百日紅サルスベリ)の植え替えや庭石の配置作業を終日手伝わされたと伝えられます1982年に熊本市文化財に指定されました
〒860-0073 熊本県熊本市西区島崎4丁目12