masami71の日記

熊本市在住の72歳の年金暮らしです

孤立状態 少なくとも8地区143人 依然90人近い地区も【16日】

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孤立状態 少なくとも8地区143人 依然90人近い地区も【16日】
2024年1月16日 21時16分 

石川県によりますと、16日午後2時時点で輪島市珠洲市能登町の少なくとも8つの地区の143人が道路が通れなくなるなどして、依然として孤立状態になっているということです。

孤立状態になっている地区です。
輪島市
▼大屋地区の31人
▼町野地区の8人
▼南志見地区の1人
▼西保地区の85人
▼三井地区の3人など。

珠洲市
▼真浦町の3人。

能登町
▼水滝地区の5人
▼柳田信部地区の7人。

依然として少なくとも8つの地区のあわせて143人が孤立状態となっています。

このほか、孤立状態は解消されたものの、道路の状態などが不安定だとして引き続き支援が必要な「要支援集落」が多くあるということです。

輪島市 町野地区「急病人が出ても 救急車入れない」 
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石川県輪島市町野地区は、16日午後2時時点で8人が孤立状態となっています。

輪島市町野地区の山あいにある佐野に住む前名修孝さん(57)によりますと、集落までの道路は被害を受けているものの、支援物資を運ぶ車両などは入れる状態で、いまも30人ほどが自宅で避難生活を続けているということです。

ただ、前名さんの自宅につながる道は地震で崩れ車が通れないため、毎日徒歩で片道15分ほどかけて避難所となっている寺まで食料などを受け取りに行っているということです。

 


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前名さんが撮影した写真では、集落内の道路は至るところで隆起や陥没し、一部は崩落していることがわかります。

集落では多くの家が全壊、または半壊し、電気は一部復旧しましたが断水は続いているといいます。
15日、集落に住む全員に対して危険なので市外に避難するよう市から呼びかけがあり、前名さんも近く野々市市に避難することを決めたということです。

前名さんは「車で移動ができず、急病人が出ても救急車が家の前まで入れない状況です。まずは早くライフラインを復旧してほしいですし、電気や道路の復旧
がどの地区まで進んでいるのか、細かい情報を知りたいです。地元を離れることには複雑な思いもあり、防犯面からも心配です」と話していました。

輪島市 南志見地区 “空き巣怖く離れたくない”人も
一時、200人あまりが孤立状態となっていた石川県輪島市の南志見地区から避難した男性に、地震が発生した今月1日からこれまでの状況を聞きました。

自衛隊のヘリコプターなどで集団での避難が進められ、16日午後2時の時点では1人となっています。

この地区の尊利地町に住む49歳の男性によりますと、地区は多くの建物が倒壊し、周辺の道路が地震による隆起や土砂崩れで通れなくなり、孤立状態になったということです。

住民たちは停電や断水が続き電話もつながらない中で、自主的に避難所を開設し、避難生活を送っていたといいます。

今月8日から9日にかけて、地区全体で2次避難所に避難するよう呼びかけられ、多くの住民が自衛隊のヘリコプターで避難しました。

この男性を含む一部の住民は自家用車で損傷した道路を慎重に通行し、2次避難所として設けられた金沢市内の宿泊施設に向かったということです。

男性は「この地区は大雪に見舞われると、たびたび孤立し、1週間くらい水道や電気が止まることもあったので、食料や飲料水は備蓄があり、なんとか過ごせました。ライフラインがしばらく復旧しない見込みだと聞き、避難はやむをえないと思いましたが、中には設備の復旧工事などの仕事があるので残るという人や、『空き巣が怖いので離れたくない』と話す人もいました。2次避難先の宿泊施設ではライフラインが問題なく使えるのでとてもありがたいですが、いつになったら地区に戻れるのか、先が見えず不安です」と話していました。

“孤立解消”の珠洲市大谷町「2次避難所への移動進めて」
15日まで孤立状態の人が157人と、石川県内で最も人数が多かった珠洲市大谷町について、石川県は16日、孤立状態が解消されたと発表しました。

大谷町で多くの人が避難していた避難所・大谷小中学校の責任者の川端孝さんによりますと、地震の後、砂利などを敷いて整えた市役所方面へつながる細い道路に仮設の信号機が設置されて片側交互通行できるようになり、孤立状態が解消されたと市から説明があったということです。

ただ、そのほかの道路は車では通行することができず、避難している人たちの状況は大きくは変わっていないと言うことで、川端さんは、「まだ多くの人が避難所にいて支援が必要な状況は変わらず、一刻も早く2次避難所への移動を進めて欲しいです」と話しています。
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輪島市 七浦地区 「給水車 早く来て」 
地震で大きな被害を受けた人口およそ350の石川県輪島市七浦地区。

この地区に住む東栄一さん(73)は、現状を知ってもらいたいと携帯電話で動画の撮影を続けています。

地区は一部で孤立状態が続いていましたが、石川県によりますと16日すべて解消されました。

16日に撮影した動画には、避難所となっている集会所で雨漏りが続いているため自衛隊の隊員が、屋根に上がってブルーシートで応急措置をしている様子が映されています。

外は、風も強まり、雪がうっすらと積もっているのが確認できます。

東さんによりますと、一部で停電は解消され、16日、住民が避難生活を送っている公民館では半月ぶりに炊飯器でごはんを炊けたということです。

これまで食事は、支援物資のカップめんやレトルト食品が中心だったということで、被災者の女性は東さんの問いかけに対し「ご飯が炊けてうれしいです。保温もできるのでありがたいです」と話していました。

一方、断水はまだ続いていて、東さんは「お風呂に入れない状況が続いており、給水車が早く来てほしいです。地区では2次避難についての話し合いも始まり今後の悩みは尽きないです」と話していました。

輪島市 西保地区「余震で自宅倒壊のおそれも 早く救助を」 

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県の発表によりますと、輪島市西保地区は16日午後2時の時点で85人が孤立状態にあり、県内で最も多くなっています。

西保地区にある下山町で区長を務める浦本義隆さん(67)によりますと、発災当日の今月1日に集落を回るなどして住民の安否を確認したところ、県外から帰省していた人も含めて78人全員の生存が確認できました。

しかし、住宅は多くが半壊、または一部損壊しているとみられ、中には全壊している家もありました。

このため浦本さんが発災翌日に小学校の旧校舎への避難を呼びかけ、16人が身を寄せていたということです。

自宅から持ち寄った食べ物を分け合いながら過ごす生活が2週間近く続き、おととい自衛隊のヘリで16人全員が救助されました。

一方、ペットがいる人や足が不自由なために自宅から荷物を運び出すのが難しい人など20人がいまも自宅に取り残されているということです。

この中には「長年住み慣れた家を離れられない」といった理由から自宅にとどまることを希望している人も4人いるということです。

浦本さんは「行政も自衛隊も一生懸命、対応してくれていますが天候の悪化もあり、思うように避難が進んでいません。明日再度、ヘリコプターが飛ぶという情報もあるので一刻も早く救助を進めてほしいです。故郷を離れる決断は難しいとは思いますが、余震で自宅が倒壊するおそれもあります。命さえあれば何とかなるのでまずは命を守るため自宅から避難してほしい」と訴えています。

連絡がとれ「救われた」
浦本さんによりますと、地区では電波がまったく通じず外部と連絡がとれない状況が続いていましたが、13日昼過ぎにかすかに電波が入り、被災後初めて電話がつながったということです。

浦本さんはその時の様子について「ようやく電話がつながり泣きながら家族や親戚に無事を伝える人や、『朝市通り』の火災など輪島市内の被災の状況を初めて知って大きなショックを受けている人もいました。私自身も、安否不明者のリストに名前が掲載されていたようで、離れて暮らす家族に無事を伝えると『よかった』と安堵していました。2週間近く一切情報が遮断され、不安に感じていた中、連絡がとれたときには『救われた』と感じました」と打ち明けました。

その上で「先のことは全く見通せずいつになるかわかりませんが、小さな村なのでまた集まって一緒に暮らしていければいいなと思います。そのためにも全員に生きていてもらわなければと考えています」と話していました。

能登町 水滝地区「タンカ おんぶで避難所へ」
石川県能登町の水滝地区は市街地などと通じる道路が土砂崩れで寸断されていて、16日時点の発表で2世帯5人が孤立しています。

このうち、水滝勝弘さん(55)は同居する80代の両親に高血圧や脳梗塞の後遺症がありヘリコプターで避難してもらうことが難しいと判断されたため、避難せずに自宅で生活を続けてきました。

電気は1週間ほどで復旧し、水道は井戸水でまかなうなどなんとか生活してきましたが、町役場から16日、土砂の撤去のめどが立たず孤立状態が長期化する懸念があるとして、避難所に移動してほしいと連絡があったということです。

このため水滝さんは17日、避難所に移動することを決めたということで、「両親は自衛隊がタンカかおんぶで運んでくれるということですが、集団生活で両親の体調が悪化しないか不安もあります。いつ自宅に戻ることができるかわからないが、このまま孤立状態で生活するのも不安だったので、避難所で協力しあって生きていきます」と話していました。