masami71の日記

熊本市在住の68歳の年金暮らしです

熊本地震、そのとき東病院は・・・(2)

病棟だけでは対応できないと判断し、リハビリテーションセンターにマットを並べ、患者の家族の寝る場所を確保。
敷地内の老健施設も職員の家族などが泊まれるように開放し、毛布やお茶を配った。
幸い断水はなかったので、トイレはバケツに水を汲んで対応した。

備蓄してある非常食は63床×3日分。患者の家族などに配ると1日半しかもたない計算だが、「朝食から全部配ろう」と決めた。
停電でテレビはつかないので、被害状況はラジオから把握した。
職員は全員徹夜となった。
15日朝までの救急患者は20例、入院患者は10例。幸い15日の朝3時か4時には電気が復旧し、CT検査もできるようになった。
6時になると、鹿児島災害派遣医療チーム(DMAT)の先遣隊が状況把握にやってきた。
DMATは大勢の職員が働いている状況に驚きつつ、必要な支援について聞き取りを始めた。
何より必要だったのは、食料と飲料水だ。断水はなかったが水道水が濁っていて飲めない状況だった。
滅菌ガーゼや消毒液などの資材も底を尽きかけていた。
医師や看護師の人的援助はすぐに必要な状況ではなかったが、支援できるということだったので、入ってもらうことにした。
その後すぐに、自衛隊給水車自治体からのパンが続々と到着。
6時ごろテレビ報道で「済生会熊本病院の救急が受け入れできない状態」と伝えられていたので、「本当かな…」と思いつつ、万が一に備えて自衛隊から30床の簡易ベッドも運び込まれた。
8時になって、済生会熊本病院副院長で医療連携部長の町田二郎先生に電話したところ、「救急がストップした事実はない」と判明。
そもそも同病院は地震を受け、15日、16日に予定していた手術をすべて中止し、術後の患者のために確保していた約80床を空けて確保しているという。
なぜあんな報道が出たのかよく分からないが、とにかく誤報だった。
東病院には15日昼頃からDMATの支援が入った。
リハビリと通所リハを中止し、予約されていた通常の診療と救急対応のみとし、手が空いた職員は病院の片づけや自宅の片づけに戻った。
夜間もDMATの救急救命脳神経外科の医師、看護師から成る2チームに支援してもらえることになり、常勤医1人を残して救急対応はDMATにお任せすることにした。
徹夜した職員にも疲労がたまっていた。
私も仮眠を取ることができ、15日23時過ぎ、これから現場に戻るところだ。
これまでの対応で痛感したのは、非常時に職員が集まることの重要性だ。
診療に当たる医師や看護師だけでなく、理学療法士作業療法士介護福祉士、運転手などが大勢集まってくれた。
手が空いた職員を診療以外の任務に充てられたことで、早期に病院の体制を立て直すことができた。
ただ、今回の地震は余震が続いている。かなり大きな揺れを感じることも多い。
職員には冷静になるように伝えてはいるが、被災者にも医療者にも、目に見えない精神的なダメージが蓄積しつつあると実感している。(談)